第2回 「酵母の泡」ドラマティックな 開発舞台裏
掲載日:2022年4月20日
田口 手頃な価格で楽しめる日本のスパークリングとして人気の高い「酵母の泡」を私はよく頂いているのですが、開発したのは西畑さんだそうですね。開発当時のエピソードを教えていただけますか?
西畑 はい。酵母の泡の開発を担当させてもらったのは、入社して3年目で開発課に入った頃でした。
田口 入社して3年目にしてすごいですね。
悶々としながらも一生懸命取り組んだ
西畑 それまでは悶々とした毎日を過ごしていたんです。ソラリスを造りたくて入社したものの、当時はワイン造りは殆んどできない状況でした。他のワイナリーで働いている同期や仲間たちがワイン造りに邁進しているのに、僕はできていなかったわけですから。
田口 と言いますと、当時はどんなお仕事を担当されていたのですか?
西畑 ブドウ以外のフルーツ原料のリキュールの開発をやっていました。悶々としながらも、「ワインじゃなくても、せっかく開発するなら売れるようなものを造りたい」と思って、一生懸命取り組んでいました。
僕はちょっと変わっていて、新しいものをどんどん開発していました。リキュールは新しいものを出すことでウリを作っていた部分がありましたので。でも現場の方の立場としては、今までと違うことをやるのは手間が掛かることでもあります。冗談ですけど、僕が寄っていくと、「お前また何か面倒くさいことをやるんだろ?」と言われていました(笑)
チャンス到来
田口 リキュールを担当していた西畑さんは、どういうきっかけがあって「酵母の泡」の開発担当になられたのですか?
西畑 実は、「君に造って欲しい」と最初から指示を受けて造ったわけではないんです。
ある日、僕はフルーツのサンプル詰めをするための容器を探していました。そして密閉されたドラム缶型の容器を見つけたんです。中身を覗くとワインが入っていました。当時の研究開発部長が二次発酵スパークリングワインの試験をやっていた小型の耐圧タンクでした。
「二次発酵だと泡の質が全然違うんですね。」なんて部長と話しながらそのワインをテイスティングしました。すると、「製品化に向けてチャレンジしてみる?」という話になり僕としてはそれまでワイン造りには関われていなかったので、「これはワイン造りに関われる願ってもない機会だ!」と思い、すぐに「やります!」と返事をしました。
田口 西畑さんは空のタンクを探していただけなのに、偶然、二次発酵のスパークリングワインが入った容器をたまたま見つけたことで、ワイン造りに携わるチャンスが訪れたということですね。
澱を取り除くために苦悩した日々
西畑 それからは暫く部長と一緒にデータを集め、その後、遂に試験的に発酵させてみようという段階までいきました。
田口 発酵させてみてどうなりましたか?
西畑 それなりにうまく発酵しました。二次発酵するまでは上手くいくんですけど、瓶詰をするところが難しくて。炭酸ガス注入方式のスパークリングの場合は、澱を取り除いてクリアにしたものにガスを添加するので簡単なんですけど、発酵して濁っている状態のものをきれいにしなきゃいけない。
専用のろ過機があれば比較的簡単にできるんですけど、そんな機械はありませんでしたので…悩みました。地道にろ過してみたのですが、それでも完全にクリアにはならず濁っていました。「酵母の泡」の場合はワインに甘さが残っているので、酵母が瓶の中に残ることは避けたかったんです。
田口 澱を取り除くために何度もろ過をするとせっかくの泡が飛んでしまう、というリスクがあるから難しいということですよね?
西畑 はい、そうです。5〜6気圧のスパークリングワインをどうやってろ過するのかということが難しかったです。最後は現場の先輩たちにも案を出してもらって、なんとかなりました。けっこうギリギリでしたね。
田口 澱を取り除いてスパークリングワインを透明にする秘蔵のテクニックが生み出されたということですか?
西畑 いえ、秘蔵というか経験値でできるようになったという感じですね。最初の時は10年くらい熟成した甲州ワインをベースにしていたので苦労しました。でも今は専用の原酒を仕込んでいるのでスムーズにできますよ。
シビれたエピソード
田口 西畑さんにとってはこれが初めてのワインとしての作品となったわけですよね?
西畑 私の作品と呼んで良いかは分かりませんけど、一応そうですね。その時に凄くシビれたエピソードがあるんです。まだそのスパークリングワインができる道筋も立っていなかったのに、「こういうワインができますから。」と部長が商品開発会議で言い切ってしまったんです。
田口 部長さん、かっこいいですね。
西畑 はい。でも帰りの電車で、「西畑くん、これで失敗できないってことだからね。」と言われました(笑)
田口 それはすごいプレッシャーだったでしょうね…。
西畑 後から部長に聞いたら、「あそこまでいっていれば大丈夫だとわかっていた」そうです。
田口 偶然の発見、西畑さんと部長さんの取り組み、同期や先輩の方々からのサポート、プレッシャーに負けない強い気持ち…「酵母の泡」完成の背景にはたくさんの隠されたドラマがあったのですね。
(つづく)
この記事の著者 / 編集者
田口あきこ(日本ワインなび編集長)
ホームパーティが好きなことから、より良いおもてなしをするためにワインを学び始める。2015年にワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』のインストラクター養成講座にて講師に抜擢。
2018年 ワイナリー経営者を育成する学校『千曲川ワインアカデミー』にてブドウ栽培・醸造・ワイナリー経営について学ぶ。
2020年『日本ワインなび』を開設し、編集長として運営を行う。
2021年 JETROに附置する農林水産省・食品の輸出・プロモーション機関の事業で日本ワインの認知業務に携わり、海外向けに日本のワイナリー紹介記事を執筆。
日本ワイン検定 出題作成委員
・ワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』講師紹介ページ
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