第5回「日本に帰国、そして人生のフィナーレを飾るシードル造りの道へ」
掲載日:2022年12月13日
予想していなかったワイナリー売却
田口 「グランプリを受賞して、井上さんはプレッシャーも感じられたでしょうが、周りの方たちは喜ばれたことでしょうね。」
井上 「ワインそのものだけでなく、私込みでワイナリーを買いたいという話がけっこうくるようになりました。親会社も喜んでくれているし、良い方向に進むと思いました。しかし、高く売れるのであれば売却したいと本社が決断してしまいまして…。」
田口 「ワイナリーの価値がそれだけ上がってしまったということですよね。しかしびっくりですね。」
井上 「私込みという話もありましたけど、本社もワイナリーを持っていたので、日本に一度帰って来てくれと言われました。日本のグループ会社のワイナリーでワインを造るのもいいかなと思って23年ぶりに日本に帰ることにしました。」
ナパのワイナリーの立ち上げに挑戦、日本に帰国
田口 「日本でワイン造りをすることになったわけですね?」
井上 「それが、工場長として送り込まれると思っていたのですが、営業の方も力を入れて欲しいということで、営業本部長を頼まれてしまいまして。それでワイン造りから離れてしまったんです。営業やマネジメントも嫌いな職務ではないですけど、ワイン造りをやっていきたいと思っていただけに、ちょっと違うなと悶々としていました。」
田口 「ワイン造りに目覚めたところだったわけですものね。」
井上 「そんな時にナパの或るワイナリーの立ち上げ責任者をやってくれという話があって、そこで働くことにしました。しかし、そこでも造る方にタッチできなかったので、そろそろ日本でワイン造りに関わろうと思い、その後帰国することにしました。」
ワインコンサルを経て、人生のフィナーレを飾るシードル造りの道へ
井上 「できればワインを造る方で関わりたいなと思って、ワインコンサルタントとして日本に戻ってきました。いくつかのワイナリーでコンサルをして、或るワイナリーで工場長をやっていたこともあります。」
田口 「ようやく日本でワイン造りの仕事ができるようになったわけですね。」
井上 「工場長をやっていた時に、『自社ワイナリーを建ててシードルを造りたいので、人を探している』というお話を伺って。当時は日本のワイン産業の中心的なエリアである勝沼でワインを造っていたので、次は長野県でワイン造りに携わって私のワイン人生のフィナーレを飾れたらいいなと思いました。それでたてしなップルワイナリーに入社させていただきました。」
(つづく)
この記事の著者 / 編集者
田口あきこ(日本ワインなび編集長)
ホームパーティが好きなことから、より良いおもてなしをするためにワインを学び始める。
2015年 ワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』の講師に抜擢。
2018年 ワイナリー経営者を育成する学校『千曲川ワインアカデミー』にてブドウ栽培・醸造・ワイナリー経営について学ぶ。
2020年『日本ワインなび』を開設。
2021年 JETROに附置する農林水産省・食品の輸出・プロモーション機関の事業で日本ワインの認知業務に携わり、海外向けに日本のワイナリー紹介記事を執筆。
2024年より千曲川ワインアカデミー倶楽部公式HP『生産者ストーリー』執筆。
同年 北海道余市町登に3.4haの農地を取得し、vineyard開設中。
日本ワイン検定出題作成委員
LDV日本ワインLover講座主任
・ワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』講師紹介ページ
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