第3回「生命の誕生のような発酵の神秘に魅せられて」
掲載日:2022年12月13日
たてしなップルワイナリー敷地内にある丘
なかなか発酵が始まらなかった初回
井上 「1つの仕込みシーズンを醸造家と一緒にやってみるということもなく、彼は独立してしまいました。引き継ぎ云々も十分できないまま、私が仕込むことになりました。この通りにやればワインになるからということで、A4の用紙に赤と白のレシピを書いてもらったものはありましたけどね。」
田口 「レシピだけに頼ってワインを造るというのは勇気が要ったことでしょう。」
井上 「私自身も甘く見ていたこともあって、レシピ通りにやればなんとかなると思っていました。最初の仕込みは1998年、自社農園のシャルドネでした。除梗破砕、圧搾、デブルバージュまではレシピ通りに進み、最後に酵母を入れました。『翌朝までに発酵し始める。ポチンポチンと見た目で分かるくらいの変化がでる』と書いてありました。」
田口 「実際、そのように発酵が始まったのですか?」
井上 「それが、そういう気配が全くなくて。もうちょっと待てばいいかなと思って、翌日見てもジュースのまま。当然比重も変わらないし。更にもう1日待ってみようと言っていたら1週間が経過してしまいました。」
田口 「それは不安なことだったでしょう。」
井上 「1週間経って不安になってもう一度レシピを見てみたら、SO2を入れる量の桁が間違えていたことに気が付きました。幸いなことに350ppm以下だったので規定内だったのですがね。」
田口 「販売してよい数値の範囲内だけど、ちょっと入れすぎちゃったので、なかなか発酵が始まらなかったということですね。」
生命の誕生のような発酵の神秘
井上 「結局、『発酵しないなら酵母を追加すれば良い』という素人的で安易な解決策に至りました。酵母を沸かして、さあ入れようと蓋を開けた途端、ザワザワザワッと音が聞こえたんです。見ると液面が渦巻いているんです!」
田口 「1週間経ってようやく始まったのですね。」
井上 「それはまるで生命の誕生のようでした。凄い驚きと感動を覚えました。だから常に気にかけてあげないと死んでしまう…という責任感が芽生えました。」
田口 「責任感が芽生えるほど、ワインは繊細なものということですね。」
井上 「最初の年は失敗といえば失敗ですが、発酵の神秘さに感動し、ワインは生き物だということを痛感できました。とにかくその時の感動ですっかりワイン造りの虜になりました。その後も新しい醸造家を雇うのではなく、更に自分で勉強してやっていこうと思いました。」
(つづく)
この記事の著者 / 編集者
田口あきこ(日本ワインなび編集長)
ホームパーティが好きなことから、より良いおもてなしをするためにワインを学び始める。
2015年 ワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』の講師に抜擢。
2018年 ワイナリー経営者を育成する学校『千曲川ワインアカデミー』にてブドウ栽培・醸造・ワイナリー経営について学ぶ。
2020年『日本ワインなび』を開設。
2021年 JETROに附置する農林水産省・食品の輸出・プロモーション機関の事業で日本ワインの認知業務に携わり、海外向けに日本のワイナリー紹介記事を執筆。
2024年より千曲川ワインアカデミー倶楽部公式HP『生産者ストーリー』執筆。
同年 北海道余市町登に3.4haの農地を取得し、vineyard開設中。
日本ワイン検定出題作成委員
LDV日本ワインLover講座主任
・ワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』講師紹介ページ
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