日本ワインなび

日本ワインの魅力を総合的に発信するサイト

日本ワインを支える人たちを訪ねて
心熱きプロフェッショナルに学ぶ人生の道しるべ

株式会社ヴィラデストワイナリー 代表取締役 兼
日本ワイン農業研究所株式会社
「アルカンヴィーニュ」取締役
小西 超さんに学ぶ
「志を高く持って生きる」(全8回)

第7回 「20年越しの夢が叶う時」

掲載日:2020年7月1日

(ヴィラデストワイナリーガーデン内 オオデマリの花)

小西 いま、御堂地区に27ヘクタールのワインブドウ団地があって、ヴィラデストもブドウを植えているんですよ。

田口 はい。私も見に行きました。見晴らしの良いところですよね。

小西 実は御堂地区は、T社がもともとワイナリーを作ろうとしていたところなんです。

田口 え!? そうだったんですか!

小西 20年以上前に麻井先生と一緒に見に行って、穴を掘って、土をサンプリングして分析していた場所なんです。

田口 それが今になってまたご縁があったということですか?

小西 はい。今はそこがきれいなブドウ団地になって、ヴィラデストも3ヘクタールやっています。20年越しでその地でブドウを育てられるようになったことが、僕の中ではとても感慨深いことなんです。


御堂地区のブドウ団地『ヴィラデスト 醸造家のワイナリー通信』より出典
https://www.villadest.com/blog/makers/

ワイナリーとして生きていけると思えた時

田口 ワイナリーを始められる時は不安の連続だったと思いますが、軌道に乗れたかなと思われたのはいつ頃ですか?

小西 今も軌道に乗ってるかというとそれも疑わしいところはあるんですけど(笑)

田口 何を仰いますか。

小西 2008年に日本ワインコンクールでヨーロッパ系白ワイン部門でカテゴリー賞、つまり最高の賞を頂きました。あと同じ年に洞爺湖サミットがありまして、ワーキングランチで僕のシャルドネを使ってもらったりだとか。そういうことがあって、ようやく品質的にも認められるようになってきたかなと思いました。

田口 素晴らしい快挙ですね。

小西 最初の頃は、「玉村さんが趣味でやってるんでしょ」「有名人の道楽でしょ」みたいに捉えられていることが多くて。でも、賞というのは公平に評価されることですから。単に玉村さんの名前に頼ってやっていく状態から、ワイナリーとして生きていくことができると思えるようになったのが2007~2008年でした。そういう賞を取ることによって、「僕は麻井先生の思想に影響を受けて、ヴィラデストワイナリーを本気でやっているんだ!」と、いう事を示すのは大事なことだと思いました。

田口 本気で取り組んでいる事を、賞を取ることで証明されたんですね。

小西 あと、2004年に3ヘクタールほど畑を広げたんです。2007~2008年からそこのブドウも収穫できるようになったので生産量が増えました。世間的にも認められるようになって、だから2007年~2008年にようやく(軌道に乗った)かなという感じです。

田口 1998年に初めてサンクゼールでワイン造りをされてから約10年の年月を経た頃ということですね。

小西 はい。ただ、今はコンクールにそこまでこだわらなくてもいいかなと逆に思っています。当時はそこでまず認めてもらうことが重要でした。

田口 日本酒を造られている時から考えたら、ワインで国内外のコンクールで賞を取るなんて思われていなかったのでしょうね。

小西。そうですね。でも日本酒を研究していた頃の知識はとても役立っています。


(写真 向かって左:玉村さん、右:小西さん)

(つづく)

この記事の著者 / 編集者

田口あきこ(日本ワインなび編集長)

ホームパーティを開催することが多いことから、より良いおもてなしをするためにワインを学び始める。2015年にワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』のインストラクター養成講座にて講師に抜擢。
2018年春からワイナリー経営者を育成する学校『千曲川ワインアカデミー(長野県東御市)』にてブドウ栽培・醸造・ワイナリー経営について学び、講師業の傍ら、超新規ワイナリーの立ち上げ・畑仕事のお手伝いにも出掛ける。
2020年『日本ワインなび』を開設し、編集長として運営を行う。
ワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』講師紹介ページ
Facebook
note

この記事をシェアしませんか?

LINE