日本ワインなび

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心熱きプロフェッショナルに学ぶ人生の道しるべ

株式会社ヴィラデストワイナリー 代表取締役 兼
日本ワイン農業研究所株式会社
「アルカンヴィーニュ」取締役
小西 超さんに学ぶ
「志を高く持って生きる」(全8回)

第1回「はじまりは突然に」

掲載日:2020年7月1日

田口 お久しぶりです。小西さんは今や有名なワイン醸造家でいらっしゃるわけですが、ここまでの道のりはきっと簡単なものではなかったと思います。いま、新型コロナウイルスの影響でふさぎがちになることも多いですし、また、人生の岐路にある読者の方々にとっても、人生を開拓するよき道しるべになると思いますので、本日はそのはじまりの時代からお話を聞かせてください。

小西 いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。

田口 小西さんはウスケボーイズ(※1)でも知られる麻井宇介さん(※2)にご師事されていたそうですが、どんなきっかけで麻井先生に出会われたのでしょう?

大学で学んだこと、そして就職

小西 まず、大学では微生物の研究をしていたんです。 大学を卒業した後は大手酒造会社T社に就職しました。缶チューハイとか日本酒を造っている会社です。 そこでは日本酒関係の仕事をしていました。 日本酒の新製品の開発や、 研究所で技術開発だとかそんなことをやっていました。

田口 大学で微生物を勉強されていた時から日本酒やお酒関係のお仕事に興味があったのですか?

小西  えっとね…それはあんまりなかったんです(笑)大学では微生物を扱って遺伝子や酵素の勉強をしていました。 今話題になっているPCR検査とか、そういうのを毎日やっている感じでした。だからお酒とは特に関係なくて。

田口 そうだったんですね。

小西 T社は遺伝子やバイオ関係の事業もやっているんですよ。T社が新型コロナの検査キットを開発したというニュースが今朝の日経新聞にも載っていました。本当はそういう類のことがやりたいと思ってT社に就職したんです。でも配属されたのはお酒の研究所とか技術開発部だったんです。最初の2~3年は日本酒の新製品の開発をやっていました。

田口 小西さんが最初に造られていたのは日本酒だったのですね。

日本酒造りからワイン造りへ

小西 そうこうしているうちに1998年くらいに赤ワインブームがやってきて、 T社でもワインを造ろうという話になったんです。そして、麻井先生や玉村さん(※3)と出会うことになります。当時、T社がやっている酒生活文化研究所というのがありまして。お酒と文化の関わり合いを研究しましょうというところです。そこの顧問を麻井先生、所長を玉村さんが務めていたんです。T社がワインに参入しようとなったので、麻井先生に指導をしていただくことになりました。

田口  麻井先生、玉村さん、小西さんはそういうきっかけで出会われたのですね。

小西  はい。僕なんかは入社して3年目ではっきり言ってどうでもいい立場だったんだと思います。まあ、そんな責任がある立場じゃないですから。 勉強しに行って来い! みたいな形で会社から言われて 。

田口 そうでしたか。

小西 その話が持ち上がったのが秋でした。 麻井先生が1年でも早く経験を積んだ方がいいだろうということで、玉村さんのブドウを使ってワインを造ってみようということになったんです。

田口 当時から玉村さんはブドウを育てていらしたのですね。

小西 はい。今よりずっと小さなブドウ畑ですけどね。玉村さんがヴィラデストのあるこの地に移り住んできたのが1991年でブドウを植えたのが1992年、その当時は1998年でしたから、ブドウを植えて6年目ぐらいだったということになります。というわけで、もう収穫ができるようになっていたんです。

田口 当時の玉村さんのブドウ畑の広さはどれくらいだったのですか?

小西 面積で言えば0.3ヘクタールぐらいの小さな畑でした。 今は11ヘクタールくらいありますからね。

田口 ざっと計算しますと、35倍以上の広さになったということですね。ブドウの種類は何が植えられていたのですか?

小西 シャルドネ、メルロー、あとピノノワールを育てていました。

修行のはじまり

小西 そのブドウでワインを造ろうということになったわけですが、T社はワインの醸造免許を持っていませんでした。そこで 麻井先生と懇意にしていたサンクゼールワイナリーさんが、ワインをうちで作ってもいいよと言ってくれて、委託醸造のような形を取らせてもらうことになったんです。 僕とあともう一人、T社の若手の社員がいたので、麻井先生含めて3人で 玉村さんの畑からブドウを収穫するところから始まり、サンクゼールさんにブドウを持って行きました。そして 麻井先生の指導のもと、ワイン造りをさせてもらいました。

田口 修行の始まりですね。

小西 はい。サンクゼールの近くにペンションがあって、その日から2~3週間泊まり込みでワインを造りました。 会社から行けって言われたのは数日前だったんですよ。だから急に始まった感じなんです、自分の中では。

田口 ずいぶん急な展開だったのですね。

小西 はい。麻井先生のことも全く知りませんでしたし。

田口 え? 当時から麻井先生は有名な方だったんじゃないですか?

小西 有名だったんですけど、僕は全然知らなかったんです。サンクゼールで初めてお会いしましたけど、 その時もいったいどんな方なのか全くわかっていなかったんです。

田口 小西さんの中で、ワイン造りは本当に急に始まったことだったんですね。

(つづく)

※1 ウスケボーイズ…ワイン造りを主導した醸造家・麻井宇介の教えを受けた岡本英史、城戸亜紀人、曽我彰彦の3人は、師の遺志を受け継ぎ「ウスケボーイズ」と自らを名乗っている。小説『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち(著者 河合香)』は2009年に小学館ノンフィクション大賞受賞。映画『ウスケボーイズ』も2018年に公開され話題を呼んだ。

※2 麻井宇介…麻井宇介はペンネーム。本名は浅井昭吾。日本のワイン醸造家、評論家。現代日本ワインの父と称される。

※3 玉村豊男…日本のエッセイスト、画家。東京都生まれ。長野県東御市在住。株式会社ヴィラデストワイナリー会長。

取材当日に、小西さんから読者の方へメッセージをお預かりしました。

新型コロナウイルスの影響で、いま、みなさん我慢の時期だと思います。ふさぎがちな日々であっても、ワインを飲むと気分転換になると思います。「あの人が造ってる日本ワインだな」なんて思いながら、少しでも晴れやかな気持ちになってもらえればと思います。

本当はワイナリーに来てもらって、みんなでわいわいガヤガヤ楽しくワインを飲みたいです。そんな日が早くくればいいなと思っています。

小西 超 2020年5月17日

この記事の著者 / 編集者

田口あきこ(日本ワインなび編集長)

ホームパーティを開催することが多いことから、より良いおもてなしをするためにワインを学び始める。2015年にワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』のインストラクター養成講座にて講師に抜擢。
2018年春からワイナリー経営者を育成する学校『千曲川ワインアカデミー(長野県東御市)』にてブドウ栽培・醸造・ワイナリー経営について学び、講師業の傍ら、超新規ワイナリーの立ち上げ・畑仕事のお手伝いにも出掛ける。
2020年『日本ワインなび』を開設し、編集長として運営を行う。
ワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』講師紹介ページ
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