日本ワインなび

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株式会社ヴィラデストワイナリー 代表取締役 兼
日本ワイン農業研究所株式会社
「アルカンヴィーニュ」取締役
小西 超さんに学ぶ
「志を高く持って生きる」(全8回)

第6回「ヴィラデストワイナリー立ち上げ」

掲載日:2020年7月1日

クラウドファンディングの先駆け

田口 最近では小さなワイナリーを始められる方が多くいらっしゃいますけど、栽培、醸造、土地探しから資金調達までみなさん全部やってるじゃないですか。小西さんも同じようにやっていらしたのですね。

小西 ヴィラデストは玉村さんがいますから、資金調達の面では恵まれていたと思います。玉村さんの知り合いの方にひとくち50万円ずつ出して頂いて。10年間かけて50万円分のワインをお送りしますという形で。今で言えばクラウドファンディングのようなことですね。当時はそんな言葉もなかったと思いますが。

田口 良いいシステムですよね。クラウドファンディングの先駆け的なこともされていたのですね。

小西 玉村さんのお友達とか知り合いで有名人がたくさんいますから。そういう方々を中心にお声掛けして、120人集まりました。6000万円です。

田口 すごい…。

小西 あとは金融機関からの融資もありましたので、なんとか立ち上がりました。

田口 資金調達は割とスムーズだったのですね。

小西 はい。ただ、今でこそワイナリーを始める人にあんまり担保が無くてもお金を貸してくれることもありますけど、当時は担保がないと駄目でした。それも玉村さんの担保です。

受け入れてもらえなかったワイン用ブドウ栽培

田口 当時と今を比べると行政や地元の方の反応は変わりましたか?

小西 近頃では地元の方もワインに対する理解が高まってきたので、新しく始める方もそんなには苦労しないと思います。もともと東御市は巨峰の町なんです。僕がワイナリーを始めた当時は、「ワインブドウなんてやるな」とバカにされている感じがありました。

田口 ワインブドウ造りはどうして良いこととされなかったのでしょう?

小西 当時から東御市では高齢化が進んでいて、巨峰畑の後継者がいない、そういう状況でした。だから行政はなんとかして巨峰の後継者を育てようとしていました。巨峰をやる人は応援するけど、ワインブドウなんてやる人は全然応援してもらえなかったですね。町の補助も全く受けられませんでした。農協さんも協力的ではありませんでした。

田口 地元の方に応援されないまま進めるのは大変だったでしょう。

小西 当時は巨峰を守ろうという気持ちが強かったのかな。とくに邪魔してるわけでもないんですけどね。でも何か気に食わなかったんだと思います(笑)

田口 今までの歴史や伝統を壊されたくないといった感じでしょうか?

小西 そうですね。縄張りを荒らされたくないという感じだったのかもしれないです。それから我々がやってきて、他にワイナリーが増えていって。そういう方たちがいま頑張っています。千曲川ワインアカデミーの卒業生もこの近くでやっていますし。そういう方たちが荒廃農地をきれいにしてくれて、後継者がいないところに若い人がきて…という良い流れになってきました。だから今は行政も協力的ですし、地元の方も温かく接してくれます。昔は移住者自体がいなかったんですよ。玉村さんがヴィラデストに移住してきたのが1991年なんですけど、田沢っていう集落に新しく移住してきた人としては戦後初めてだとか。

田口 それは大袈裟ですよね・・・。

小西 はい。それは本当かどうかわからないです(笑)

田口 今、新しく入ってくる方々が行政や地元の方たちに温かく迎えてもらえるようになったのは、玉村さんと小西さんのご苦労された歴史があってのことなんですね。お二人が開拓されなかったら、東御市は今でもワインの産地にはなっていなかったでしょうね。

この記事の著者 / 編集者

田口あきこ(日本ワインなび編集長)

ホームパーティを開催することが多いことから、より良いおもてなしをするためにワインを学び始める。2015年にワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』のインストラクター養成講座にて講師に抜擢。
2018年春からワイナリー経営者を育成する学校『千曲川ワインアカデミー(長野県東御市)』にてブドウ栽培・醸造・ワイナリー経営について学び、講師業の傍ら、超新規ワイナリーの立ち上げ・畑仕事のお手伝いにも出掛ける。
2020年『日本ワインなび』を開設し、編集長として運営を行う。
ワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』講師紹介ページ
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