日本ワインなび

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日本ワインを支える人たちを訪ねて
心熱きプロフェッショナルに学ぶ人生の道しるべ

ヴィンヤード『carraria(カラリア)』
トラストアンドアソシエイツ株式会社
中村大祐さんに学ぶ
「自分の人生を大切に生きる勇気」
<全7回>

第2回「死んでるみたいに生きたくない」

掲載日:2020年7月22日

田口 実際に会社員生活を辞められるほどの思いの強さがあったと。

中村 私の根底にある価値観なんですが、「死んでるみたいに生きたくない」と。これも後になってよくよく考えてみると、自分の人生を自分で切り拓いていきたい、そういう思いが強かったんだと思います。会社には終身雇用を前提に入りましたし、会社を軸に人生が決まっていく感じですけど、そうではなくて、自分で人生を切り拓いてみたいと。

田口 実際に田舎暮らしをしようと思った際に、今後のお仕事についてはどうお考えだったんですか?

中村 それが、ワイナリーはどうかなあと思ったわけです。ではなぜワイナリーだったのかと言うと、玉村豊男さん(※1)が書かれたこんな本に影響を受けたんだと思います。

田園の快楽―ヴィラデストの12ヵ月(世界文化社)』

中村 1995年くらいに出ている本なんじゃないかと思うんですけど、本屋で見つけてですね、こういう暮らしをしてみたいなあ、と、憧れを持ったんです。最初からワイナリーを設立したいと思ったわけではありません。ただ、畑で汗水垂らして身体を動かす。自分で育てた野菜で作った料理とワインを一緒に愉しむ。そういう生活に憧れていたんです。

田口 この本を読んで人生観が変わったという方、多いみたいですね。

中村 それで、(次の人生は)農業がいいかな、と思ったんです。会社を辞める数年前に近くの農家の方の手ほどきを受けながら家庭菜園をやったりして関心がありましたし、それを生業にする難しさもわかるような気がしていました。そこで考えたのがワインです。ワインはブドウを100%原料とすることから、ワイン造りはブドウ造り、すなわち農業と言われます。一方、ブドウをワインに加工して販売まで手掛ける六次産業であれば、これまでの経験を活かしてうまくやれれば、なんとか生活できるんじゃないかと当時は考えたのです。また、定年退職する歳を過ぎても身体を動かし続け、健康維持にもつながるとも考えたのです。だからと言って、ワインが簡単にできるとは思いませんでしたけど。

千曲川ワインアカデミーを第一期生として受講

田口 それで、玉村さんが主催される千曲川ワインアカデミー(※2)へ?

中村 はい、千曲川ワインアカデミー(以下「アカデミー」)に通いました。ワインについて何も知らない私がワイン用ブドウ栽培に情熱を傾けられるだろうか。でも、70歳くらいまで働くことを考えると、会社員生活がちょうど半分くらい経過したタイミングだし、長い職業人生を考えると、少しくらい休みをとって残りの人生について考える時間をとっても良いのではないか。熟慮の末、思い切って会社を辞め、一年間アカデミーに通いながらブドウ栽培兼醸造農家、「ヴィニュロン」になることについて考えてみることにしたのです。

田口 熟慮された上での大きな決断だったのですね。

中村 当時に考えていたことは、これまで組織のなかで働いていたのとは違う働き方です。一人で畑に向き合い、文字どおり汗を流して働く。品質の高いブドウを育てて、家族経営の小規模ワイナリーをひらく。なんてことを考えたわけです 。

厳しい現実、畑の問題

中村 ただ、アカデミーに通ってみて改めて分かりましたが、現実は厳しいです。
就農する場所の決定から畑の確保、苗の調達、技術の習得…。ワイナリーはたどり着けたとしても遠い先なんですよ。

田口 ワイナリーを開設するまでの工程一つ一つが、どれを取ってみても、もの凄いパワーを必要とする類のことですものね。

中村 ブドウを植えてから醸造できるブドウを収穫できるようになるまでに最低4年はかかります。

田口 はい。

中村 採算ラインの広さまで、さらに3年くらいはかかるでしょう。なんせ初心者ですので、畑を一気に広げることは無謀だと思いました。そうすると、少しずつやっていくと10年はかかるな、と。そこでワイナリーを作るとなったら、何千万円という感じでお金も必要だなと。

田口 そうですよね。

中村 それ以外にも課題はありますが、仮に全部クリアできたとして、売れるワインやその仕組みを作れるだろうかと。ワインに携わったことがない私のようなものが作っても、簡単には買ってもらえないよなぁと。かなり厳しいなあと(笑)

田口 様々な課題が目の前に積み重なりますね。近年、日本では小規模の新規ワイナリーが増えているわけですが、その背景にはそういった果てしない課題を全て乗り越えてでもワインを造りたい、という生産者の方々の類まれなる情熱と努力が背景に隠されているわけですね。

(つづく)

※1 玉村豊男…日本のエッセイスト、画家。東京都生まれ。長野県東御市在住。株式会社ヴィラデストワイナリー会長。

※2 千曲川ワインアカデミー(日本ワイン農業研究所 アルカンヴィーニュ)…ブドウ栽培とワイン醸造、およびワイナリーの起業と経営について総合的な知識と実践的な技術を学ぶことのできる、日本で初めての民間ワインアカデミー。

この記事の著者 / 編集者

田口あきこ(日本ワインなび編集長)

ホームパーティが好きなことから、より良いおもてなしをするためにワインを学び始める。2015年にワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』のインストラクター養成講座にて講師に抜擢。
2018年 ワイナリー経営者を育成する学校『千曲川ワインアカデミー』にてブドウ栽培・醸造・ワイナリー経営について学ぶ。
2020年『日本ワインなび』を開設し、編集長として運営を行う。
2021年 JETROに附置する農林水産省・食品の輸出・プロモーション機関の事業で日本ワインの認知業務に携わり、海外向けに日本のワイナリー紹介記事を執筆。
日本ワイン検定 出題作成委員
ワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』講師紹介ページ
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