第1回「人生の決断」
掲載日:2020年7月22日
田口 今日はよろしくお願いします。中村さんは、会社員から、未経験のワイン用ブドウ栽培という世界に転身されたわけですが、いま、人生の岐路にある読者の方々など、人生を開拓するよき目標になると思いますので、本日は、そのはじまりの時代からお話を聞かせてください。
中村 はい。今、52歳で、この道に入って4年が経過しました。生まれは大阪ですが、小学生の時、父の仕事の都合で千葉に引っ越し、結婚してからはほとんど東京で暮らしていましたので、一番長いのは東京ということになります。ここ長野には、文字どおり縁もゆかりもありません。家内と、大学生と高校生の三人の子供たちは東京で暮らしています。人生で一番お金のかかるときに会社を辞めちゃって、いったい何をやっているんだ、という感じですね(笑)。
田口 いえいえ。
中村 旅行が好きで、毎年のように家族で海外に行ったり、アウトドアが好きなので子供を連れてキャンプなんかもよくやっていました。そういうことをある意味自由にできる身分から、この世界に身を投じたということです。
田口 以前は、どのような会社にお勤めだったのですか?
中村 いわゆるIT企業です。本業は製造業でしたが、新規事業として立ち上げたばかりのIT部門に配属され、キャリアの最初はコンピューターエンジニアでした。後半の約十年間は、全社共通部門で人材強化に関する仕事をしていました。いろいろなことに携わりましたが、例えば、あなたはこの会社でどう過ごして行くんですか? みたいなことを考えてもらう研修なんかも企画していました。やっていました。結局、自分自身が将来を考え、会社を辞めることになってしまいました(笑)。
決断の背景
田口 会社を辞められたきっかけはどのような理由だったのですか?
中村 きっかけと言えるような何か特別な出来事があったということではありません。長い間続いた忙しい時間が、徐々にそういう気持ちにさせたということだと思います。やり甲斐のある仕事、重責を担わせて頂き、毎日朝から夜までスケジュールびっちりで息つく暇なし、という感じでした。平日の忙しさを少しでも緩和しようと、パソコンを家に持ち帰っては週末も仕事、みたいな。そんなことが長く続き、もうぼちぼち勘弁してくれ…、という感じでした。精神的にも疲弊していたということだと思います。
人生の夏休み
中村 こんな生活がいつまで続くのだろうか、更にその先にある定年後にはどんな暮らしがしたいだろうか、だいたい人生の半分が過ぎた頃に、残りの人生に疑問を抱いたわけです。そして、学校に夏休みがあるように、人生においても一年くらい休んでゆっくりその先の人生について考える機会があってもいいんじゃないかなと思ったんです。後づけですが、「人生の夏休み」という感じです。
田口 「人生の夏休み」、重みのある言葉ですね。
中村 会社勤めをしていると、嫌が応なく競争社会に身を置くことになりますよね。効率重視、成果主義が謳われ、疲労が蓄積していく。その解消に、旅行へ行ったり美味しいものを食べたりしたい、そしてそのためのお金をまた稼ぐ。自分の子供たちにはそんな社会で勝ち組に入れてあげたいが、格差社会では高学歴が有利。それには高収入が必要だから多少の辛抱をしても都会での会社勤めが現実的だから今の環境で働くしかないか、、、そんな悪循環になっているんじゃないかと。
田口 みなさんがどこかで感じ続けていることかもしれません。
中村 それを断ち切りたいと思ったんですよ。また、そこはぎすぎすした人間関係や、自己防衛的な社会であって他人を思いやる余裕がない世界。仕事ができる人が評価されるかのような社会。人間は本質的に平等であって優劣はないはずなのにそれを忘れてしまうような社会。振り返ってみると、私自身がそんな場所で自分を見失っているような気がして、田舎暮らしに新天地を求めていたのかも知れません。
死を迎えるときに後悔しないだろうか
中村 以前から、都会を離れ、自然豊かなところで暮らしてみたいという憧れのようなものを持っていました。このままの生活を続けていると、自分が死ぬ間際に後悔するような気がしてきたんです。もし明日交通事故にあったら、余命宣告されたら、今の生き方を後悔することになるのではないか。今をもっと大事に生きるべきなのではないかと。
田口 同じように考えていらっしゃる方、実はとても多くいらっしゃるかもしれませんね。
中村 すぐに死んでしまうというのはオーバーにしても、やがて訪れる退職後は何をするんですか? と言うと、…何もないなと(笑)。海外旅行に行ってしばらく遊ぶと思いますけど、それを何十年も続けるかなぁ?それは違うなと。
田口 いつまでも続けるのは大変かもしれませんね。
中村 ええ、だったら何か人生を賭けるほどではないにせよ、打ち込める何かがある生活の方がいいんじゃないかと。田舎で肉体労働でもしたら健康維持にもなるんじゃないか、そんなことを考えたんです。そこで、「人生の夏休み」を取得して、今後の生き方について考えようと思ったのです。
(つづく)
この記事の著者 / 編集者
田口あきこ(日本ワインなび編集長)
ホームパーティが好きなことから、より良いおもてなしをするためにワインを学び始める。2015年にワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』のインストラクター養成講座にて講師に抜擢。
2018年 ワイナリー経営者を育成する学校『千曲川ワインアカデミー』にてブドウ栽培・醸造・ワイナリー経営について学ぶ。
2020年『日本ワインなび』を開設し、編集長として運営を行う。
2021年 JETROに附置する農林水産省・食品の輸出・プロモーション機関の事業で日本ワインの認知業務に携わり、海外向けに日本のワイナリー紹介記事を執筆。
日本ワイン検定 出題作成委員
・ワインスクール『レコール・デュ・ヴァン』講師紹介ページ
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